| 共感していただけるか、 はたまた、反感をもたれるか、・・・・・ 時代背景や事象には、多分にフィクションを交えています。 |
| ひっそりと静まり返ったこの舗道には、少年の足音の他には何一つ物音が無かった。ほの明るく照らし出す街灯の下には、誰かを待っていたのだろうか、タバコの吸い殻が五、六本捨てられている。待ち人は来たのだろうか・・・。 今日も又、星はまばたいている。満月になりかけの月が、その星のまばたきの中に、一人孤独だった。その図体の大きさの故に、星の中に溶け込みきらなかった。しかしそれでも月は、その大きさで以て、その星全てを威圧していたーその通り!まさに月を中心として星は流れていた。 少年はタバコを口の中に一杯吸い込んでは、すぐに吐き出し、又吸った。舌にピリピリと刺激を感じ始めた頃には、吸い込んだ煙の少しを肺にまで流し込み、鼻から抜けさせた。少年は、たったそれだけの仕種に、いかにも大人になった、と感じた。 鈍いネオンサインの光を頭上に感じると、少年のまわりには色々の音が生じ始めた。しかし、少年の耳に聞こえているものは何もなかった。終始黙りこくり、唯一つの扉に向かっていた。慣れないネクタイの結び目を気にしつつ、スーツの衿を正し、そしてレインコートの衿も立て直した。濃紺のスーツに、黒の革靴はー磨きがいのない鈍い光沢だった。 その靴が止まり、少年の手が扉に伸びる。どことなく中世的な香りの漂う、木目模様の縁取りのスモークガラス戸だった。銀色のノブが、その木目とは何か不調和さを与えている。 少年は扉を押した。 青・赤・橙・紫・・・と、色の倒錯・・交錯・・、そこでは光というより色の洪水だった。天井といわず壁といわず、その色はあらゆる物にしみ込んでいた。すぐの場所でレインコートを預け、入場料と共にコーラのチケットを買う。 歩を進めると、数十人の若い男女達が焦点の合わない視線をお互いに向けている。その陶酔しきった目は、何を見ている?気怠い動きの中で、汗がにじみ出ている。アイシャドーが溶け始め、目の下が黒ずんでいる者さえいた。 体をエビのように折り曲げ、右手が上に行けば右膝が上に曲がり、左手が上に行けば左膝が上に曲がる。右手がだらしなく下に折れ曲がり、右足はさも疲れたと言わぬばかりに、床に着く。そして、音楽のリズムに合わせ繰り返される。♪ゴーゴー♪と言われる踊りらしい。少年には、奇異に映った。テレビ画面では見ていたが、間近に見ると大迫力だ。二度目の今夜でも、やはり奇異に映る。 何の変哲も無い単調な繰り返しの中に、若者はその膨大なエネルギーを費やしている。殆ど無表情に近い顔で、真っ赤に塗られた唇ーうっすらと開かれチラリチラリと覗く白い歯が、ある種の秩序さえ感じさせる。無軌道さの中に潜む、潜在的秩序ー整然と整理され、全てがあるべき場所に収まっている少年の部屋に潜む、潜在的な崩壊。 「よーお、坊や。また来ましたネ!」 カウンターの中にいるバーテンの声と共に、少年の耳にはエレキギターの炸裂する破壊音ージェット機の発信音・破れかけた陣太鼓の音。思わず耳を塞ぎたくなる不気味なー闇の中でどこからともなく聞こえてくる蛙の鳴き声のような、ドラムとベースのシンフォニー。地獄の断末魔の叫び声のように、内蔵の一つ一つをえぐり出されるような声、ボーカル。 それらが一斉に少年を襲った。さながら、戦争のような騒々しさー機関銃の連射・手榴弾の風切り音・砲弾の炸裂音ーは、至る所で若者を縛り付けているようだった。 ”あのナァ!昨日、あいつの所に泊まってよぉ、そんでよぉ―――!” ”えぇっ?!聞こえなーい。もっと大きくぅ!” ”ネェ、君。飲まないの?これ、低アルコールだょ。とっても、おいしいよ。” ”でも、・・・。私、すぐ酔っちゃうの・・” ”よお!何か面白いことないか?毎日毎日、タイクツでさ。” ”ケッ!ぜいたくいいなさんな。踊ってりゃいいんだよ。” 踊り狂う若者らそれぞれのカップルの声の応酬を耳にしながら、コーラをチビリチビリと少年は飲んだ。キョロキョロと落ち着かない少年に、バーテンが又声をかけた。 「よお!オフェリアさんなら、ホレ、あそこの隅で踊ってるぜ。もっとも、今夜も誰かと一緒だがネ。」 少年は、弾かれたようにバーテンの指さす隅を見やり、はっきりとはしないが、もつれあっている辛うじて男と女だとわかる二人を見つけた。そして少年は、陰鬱な顔を更に暗くし、一人何か呟いた。 「えっ、何だい?もっと大きな声で言えよ!」と、聞き返すバーテンに向かって、 「いいんです。」と強く言い放ったが、作り笑いを浮かべていた。悲しい少年の性(サガ)だったが、そんな少年の笑顔を勘違いしたバーテンはなおもしつこく聞いた。少年は、 「何でもないです。」と、何度も答えている内に、ひどく馬鹿にされている ように感じ、大きく慇懃に「放っといてください!」と吐き出すように、言った。 赤い色の中で身振り手振りよろしく、大声を張り上げているバンド連を盗み見しながら、そのリズムに乗るわけでもなく、否、全くの不調和に指でリズムを取り始めた。 ”おい!あのボーヤ、又来てるぜ!” ”あぁ、ホント。でもどうして?踊るわけでもなし・・。” ”へッ。どうせ、踊れねぇのょ。” ”あの坊や、男か?それとも男装の女か?” ”さあね、・・・わかった!中性ょお!” ”こりゃいい、中性とは。いいぞぉ!” ”あの坊や、マキにまいってるって?” ”へーえ、あのマキにか?” ”えぇそうよ。でも、よりによって、マキにねぇ。” ”何だい、マキなら誰とでもOKじゃないか。” ”それがね、あの坊やだめなのよ。じっと見ているだけなの。” ”ふーん、変わった奴ぅ。” ”でもさ、ちょっといいじゃん。淋しそうで・・。守ってあげたいぃって感じ。” ”ハン!お前じゃだめさ!マキ一途って、話だ。” ”えぇえっ、もったいないなあ。” ”ネェ!マキにサ。この前教えたのよあの坊やのこと。あんたを見てるよって。” ”うんうん、どうなった?” ”こう言うの。あたしのファンでしょ、って。” ”えぇっ、マジィに。そうなの?” ”らしいわよ。さおりが声かけてもさ、ごめんなさいだってぇ。” ”あのさおりをムシしたの?やるうー!” 少年の目は、又二人の方に移った。が、そこにはもう二人の姿は無く、背の高いがっしりとした男が一人、唯々踊り狂っていた。慌てた少年は、キョロキョロと見回した。と、少年の肩をポン!と叩く者があり、と共にプーンと甘い香りが少年を包んだ。 「又来たの?坊や。」 「あ、いえ。・・・あの、・・・いえ。」としどろもどろだった。 「フフフ・・、いつまでも子供ね。コーラなんか飲んでぇ。純情でかわいいわ。」 耳元で囁き、体をすり寄せてくるその女に、少年は弾かれるように身を引いた。そして、しげしげと女を見つめた。 薄茶色に染められた髪を二つに分け、後ろで一本に束ねている。描かれた眉毛は細く、半円のように滑らかだった。その下の瞳には、コンタクトのブルーレンズが入っている。つけ睫毛がとても長く、スラリと伸びた鼻と呼応して、エキゾチックさを醸し出している。その唇は、真っ赤に塗りたくられている。そのくせ能面に近い程の無表情さを漂わせている。 少年がしげしげと見つめていることにバツか悪くなったのか、照れくさくなったのか女は、目を落として言った。 「今夜、あたいヒマなんだょ。付き合ってもいいよ。」 その声には、どことなく暖かい響きが感じられる。投げやりな言葉ではなかった。そしてそう呟いた時の女の目は、一瞬間ではあったが恥じらいに輝いていた。が、少年の口からは、何も返らなかった。ポッと頬を赤らめ、空のコップを見つめていた。 女は、そっと少年の指に自分の指をからませた。そして、胸元に引き寄せようとした時、信じられない痛みを頬に感じた。そしてその痛みに気付いた時には、少年はカウンターの席を立っていた。 女は、頬を叩かれた痛みよりも、”わざわざ女から誘ったのに!”と、驚きと哀れみの目のバーテン相手にこぼした言葉よりも、物言わざる少年の目の光りの方が、強くこたえた。バーテンの差し出した水を一気に飲み干すと、女は踊りの中に身を投じた。 店を飛び出した少年は、”こんな筈じゃなかった!”と、自戒の念も込めて呟いた。憧れにも似た感情だった。未知なる、大人の女性への好奇心もあった。友人達の話の輪に入れない。幼くして母親を亡くした少年には、妹以外の異性が身近にいない。ましてや、根暗と言われる性格の故に、女友達もいない。 不良のたまり場とされるあの店に行けば、異性と誰もが話をできる、そう思いこんでいた少年。話を・・・、どんな話?少年は、何を話せばいいのか?逡巡していた時の思いもかけぬ女からの言葉。唯々混乱するだけだった。 17歳・・・Rolling Age 。 翌日の夕方、Go-Go-Snack の店先で、一人のフーテン娘が焼身自殺を遂げた。 遺書の無いこの事件は、世界各地で頻発していた「ベトナム戦争への抗議の自殺」と同列に扱われ、こぞってテレビで報道された。 白い埃だらけのこの舗道を、笑いながらしかし涙を流す少年を見かけたのは、この事件=焼身自殺が報道された夜更けのことだった。 月は、満月だった。 |